夜の路地を歩いていると電柱の陰に犬がいた。おれが声を掛けると犬は振り返った。その顔は中年男のものだった。人面犬だ。
「ほっといてくれよ」
人面犬はふてくされたように言う。
「タバコ、吸うか?」
おれはとりあえずそう言ってみた。人面犬は少し迷っていたようだが、おれがタバコを差し出すと寄って来た。
人面犬は箱から出ている一本をくわえる。おれは火を点けて差し出す。おれも一本口にすると火を点けた。足下に目を向けると、人面犬も上目遣いにこちらを見ていた。目が合う。人面犬は口の端にタバコをくわえたまま煙を吐き出した。おれも宙へと煙を吐き出す。お互い一言も喋りはしなかった。ただ、タバコの焼ける音が小さく聞こえる。
やがてタバコの火が吸い口に近付き、くわえていられなくなった。おれは煙草を捨てると靴で揉み消した。人面犬も煙草を道路の上に置くと私の来た方向へ歩き出した。
「どこ行くんだ」
おれの声に人面犬は脚を止めて振り返った。
「ほっといてくれよ」
それだけ言うと人面犬は歩き去った。見れば人面犬が置いたタバコはまだ微かに紅さを残し、細い煙を立てていた。