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春香

月光に、擬集する桜花が仄青く透けて見える。花弁の白い桜は老木だという話を思い出す。数時間前まで賑わっていた屋台も、今は全て閉まっている。それでも、空気にはまだ醤油の焼ける香ばしい匂いが僅かに感じられる。
「桜の下は掘るなよ。死体が埋まっているそうだ」
「いや、そういう話はちょっと」
私は局長の方を振り返って言った。局長は押していた台車を軽く揺する。少し錆の浮いた把手が軋む。台車に乗った荷物が、街灯の光に赤黒く煌めく。

私は肩に担いだシャベルを右から左へ移すと、空いた右手を台車の荷物へ添える。掌に張り付く硬質な表面を通して、荷物の蓄えた春の夜の冷たさが伝わる。
「あそこなんかいいんじゃないか?」
局長は立ち止まり、桜並木の切れ間を指す。慣性に台車が揺れ、私は荷物に添えたままの手が引かれ、次いで押し戻されるのを感じる。
「そうですね。あそこにしましょう」
私達は運んできたポストを据える穴を掘るべく、台車を残して空き地へ近づいた。

穴を掘ろうとスコップを構えたそのとき、温気を含んだ風が吹いた。枝葉が鳴り、老いた木々が一斉に薄片を散らす。私達はその光景に見惚れる。郵便ポストを設置するには、いい季節になったものだ。


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