1月になると思い出す。もう数十年も昔、僕が小学校の時だ。その日、僕は熱を出して早退することになった。確か2時間目の途中だったと思う。体育の授業もなく、校庭には誰もいなかった。
朝引かれた石灰の線が、休み時間に遊んだ子供達に踏まれて少しだけ滲んだようになっている。空は儚げに広大に澄み渡り、空気には冬の清明さが詰まっていた。私は校門の所まで来るとふと振り返り、木造2階建ての校舎を見遣った。
校舎の外壁は日に晒されて枯れた風合いを見せている。赤い屋根は陽を受け、眩しく在った。窓からは授業中の教室が見える。僕の教室もそこに見えた。自分がいないのに教室の中ではいつもと変わらぬ時間の流れていることがひどく不思議で、何だか開放感のあるような果てしなく頼りないような気持ちがしたのを覚えている。僕は熱に些かぼうっとした頭で飽かずに校舎を眺めていた。風が強かったのだろうか。その記憶は砂埃の臭いと一体になっている。
やがて地面が僅かに揺れたような感じがした。地震かと思った僕は地面へ目を落とした。すると、グラウンドの中央に黒い筋が走った。それは見る間に太さを増し、僕は地面が割れていることに気付いた。いや、正しくはそれは割れているのではなかった。地面が引き戸のように両側へと滑り、開いているのだ。動いている地面の端から地下へと砂のこぼれ落ちるのがやけにはっきりと見えた。
気が付けば微かな振動はまだ続いていた。おかしなことに、校舎の中の人間は誰もこのことに気付かない。僕は身動きも出来ず、地下の闇が広がる様を見詰めていた。
そのうち、地面が停止した。しかし振動は止まなかった。次に地下から何かがせり上がってきた。最初は黒く塗り潰された影だったものが陽光の下に連れ出される。
出てきたのは大きな台だった。その台の上に乗っていたものを目にして僕は小さく息を呑んだ。台の上には一頭の牛が乗っていた。白黒のまだらになった牛だ。牛は状況の変化に戸惑う様子もなく空を見上げると一度だけ校舎を眺め、それからこちらへ向かって歩いてきた。
僕はその牛に見覚えがあった。間違いない。それはうちで飼っている牛だった。牛は僕のことなど存在しないかのような足取りで歩き、僕の脇を通り過ぎ、校門から出ていった。僕はうちの方へ向かって学校の前の道を遠ざかっていく牛の後ろ姿を、どうすることも出来ずに見送った。