狭い路地を歩いているつもりだったのだが、どうやらそれが表通りだったらしい。踏めば脂が滲んできそうな細いスファルトの両側へ、店や住居がひしめいている。どれも古びて、たがが外れたようなだらしない雰囲気を纏っている。牛乳屋の売り上げが隣の魚屋へ流れ、それが向かいの酒屋に支払われる。そんなことを繰り返し繰り返ししているうちに貨幣がどんどん濃ゆくなっている。そんな気配もある。
飲み屋と根田の歪んだ家屋とのあいだに、小さな祠があった。白茶けた木の壁と格子戸、屋根は赤い小さな瓦だが、一枚だけ抜けていて木の屋根が覗いている。そこは腐食しかけ、粉を吹いている。正面の小さな台には日に焼けて縁のささくれだっている造花が置かれ、その脇には真新しい油揚げが供えられている。
格子戸の中は薄暗いが、辛うじて石造りのお稲荷さんが見えた。どうも頭が三つあるようだ。阿修羅狐という駄洒落なのかもしれない。目だけがひかひかと輝いている。ここは狐町なのだと今更のように気が付く。
堂内から視線を逸らすと、いつの間にか日が暮れかけていた。空の片端に朱色の残照が溝として残っている。私は祠の隣に建つ飲み屋へ入った。
店内は机同士が変に広々と離れており、セメントの床が目立っていた。ほこりっぽい臭いが鼻につく。店の奥には磨りガラスの戸があり、開け放たれたその向こうは畳敷きのどうということもない居間になっていた。女と子供が寄り添って、こちらへ背を向け座っている。その子供の刈り上げたうなじが、そこだけ妙に清々しかった。
私がカウンター前に座ると、店の主が少しだけ嫌そうな顔をしたようだった。私はそんなことに構わずビールと揚げ出し豆腐を注文する。程なくして出されたビールはぬるくて泡も少なく、揚げ出し豆腐はどんぶりへ山盛りになっていた。
他に四人だけいた先客たちは押し殺した声で喋っており、時折そっと、互いの様子をうかがうように神経質な笑い声をあげた。黙々とビールを飲んでいると、段々酔いが回ってくる。そのうち急に子供があらがうような声を出した。母親が驚くほど大きな声で何か言う。叱っているのかと思ったがそれは私の勘違いで、実際にはなだめていたらしい。子供はじきに静かになり、後は母子どちらも黙ったままでいた。
瓶ビールを二本飲むと、もうそれで充分だった。私はお勘定を済ませ、店を出る。去り際に居間の方へ目を向けると、やっぱり二人は最初と同じ姿勢のままで座っている。私にはそれが、なんだか理屈に合わないように思われた。
通りの店はどれもシャッターが降りている。人も絶え、祠の油揚げが消えていた。よく見れば闇へわだかまるようにして、そこここに狐がいる。それがみな、揃って私を観ているようだった。目だけがひかひかと輝いている。
私はゆっくりと歩いていく。しかしいつまで経っても通りはいっこうに終わる気配がなく、だらだらと続いている。進むに連れて狐の数が増すようで、いつのまにか周囲には狐の臭いにおいが充満し、ときどき脛を狐の毛衣が擦った。そのたびにどうした弾みからか、飲み屋の子供の刈り上げたうなじが眼裏に浮かんでは消えていった。